「ひたすら何もしない。」は大事だ。

 

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今日は10月19日。いまは22時47分。最高気温23℃最低気温15℃。窓を開けると秋の夜風が涼しくて、気持ちがいい。

10月2日に札幌から和歌山に帰ってきて、今日で18日目だ。8日目から15日目までの1週間は四国あたりをぶらぶらしていた。

9月までの札幌での殺伐とした気分はどこへやら、気づけばだいぶ心が休まった。休むなかで、頭の中の点と点がつながったりする。忙しい日常で自分のペースがわからなくなりがちな人にはゆっくりと休んでほしいと切に願う。

 

僕はいま修士課程の3年目。4月から休学している。

休学をしはじめたとき、「自分は会社に就職なんてしねえ!」「好きなことで食べていく時代だ!」みたいなことを考えていた。でもそれと同時に「学科やサークルの同期は大企業に就職していった」「後輩たちも大企業に内定が決まった」なんてことに焦りも抱いていた。旅が好きだからゲストハウスでアルバイトしはじめた。

 

4月は大原扁理さんのように生きたいと思っていて、

5月はプロ奢やるってぃのようにクラファンで生きていきたいと考えていた。

そして大好きなマラソンでどこまでも走りたいとも。

北海道に登山しにきてくれたお客さんや日本を旅している外国人と話しているときは楽しかった。

6月あたりからだろうか。休学しているのに、お金のためにアルバイトしている状態になってきて、徐々に社畜脳が作られてきた。

それでも、ワールドカップをゲストハウスでお客さんと見たりするのはすごく楽しかった。

6月24日にはサロマ湖100㎞ウルトラマラソンに出場した。

60㎞でリタイヤした。膝周りの関節や筋を完全に痛めた。

サロマに一緒に行った友達と後輩はそれぞれ社会人であり、内定者だった。

じぶんはどこか焦っていた。

7月に入った。サロマで免疫が下がってしまい、風邪を引いた。

周りからの勧めで海外インターンに興味があった。

メキシコかアメリカでインターンしながら現地にいればお金を稼ぎながら旅ができる、と考えていた。

でもインターンするにもお金が必要だな。お金を貯めるために働きたくはないな。

膝が痛い。アルバイトとお金のことで、走りたいという余裕も少なくなっていた。

7月22日に北オホーツク100㎞マラソンに出場した。

5㎞地点で膝が痛い、、でも天気がすごくよかったのを覚えている。

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ラソン大会の会場まで行くとき、ヒッチハイクをしているとき、

「いつまでも働かずにヒッチハイクをしていてはだめなのではないか」と

ずっと考えていたのを覚えている。1台目で乗せてくれた板金工事屋のおっちゃんが「北大出てゲストハウスで働いていてはいけない」「ちゃんと働かないと親は怒っているだろう」というのが、自分でも気にしていたのか耳に残ってしまった。自分も心のどこかで気にしていたことを、社会に染められた大人に怒られたくらいで、弱っていたのだ。

「記事に題名をつけたくないなあ」と思いながら、ブログをぼちぼち書いていこう。

 

先週は四国を周っていて、今日は1週間ぶりに実家に帰ってきた。

 

明日はノートパソコンを買おうかななんて思っている。

 

何もやる気がしないな。

 

よく頑張っているおれ!おやすみ!

 

すごく楽しい1日。寝る前ちょい哲るww

実家は地方なので田舎なんだけど、家の近くにログハウスカフェみたいなものをみつけた。「コンビニ人間」(村田沙耶香)を読んでいた。久しぶりに小説が読めている。嬉しい。

 

時間があるのでごちゃごちゃと考えてしまうのが僕だ。ごちゃごちゃ考えるのを発狂しないように、考えたことをキーボードで文字にしている。最近タイピングが楽しくなってきた。

僕はブレやすい性格だ。周りの意見を気にしすぎる。特に最近は、何の疑問もなく社会人になっていて「さっさと社会人になればいいのに」という至極全うな意見を言われると、自分を否定されている気分に覆われてしまう。これはつらい。

何が正しいとか、ないのだ。自分に何度も言い聞かせるために言う。正しいとか、ないのだ。僕は愚直、理論で通らない方向に進むのが好きだと思う。

 

そして、悩むわりにはその悩みを忘れてしまう。

ヒッチハイクしたり、期間工したり、ワーホリしたり、アメリカを放浪してみたり、海外や旅は好きだけど、めちゃくちゃインドア根暗な部分もある。ワーホリしても英語を上達させないかもしれない。そもそも期間工がめっちゃつらいから逃げ出すかもしれない、、、みたいに考えてしまったりする。人前で挙動不審になったりするときもある。

いいんだ、なんでも。そのままでいいんだ。

 

あれ何考えてたんだっけ。そんなことはどうでもよくて、今日は日記が書けた。

精神科医/樺沢紫苑さんがおすすめしていた「今日楽しかったこと・感謝したこと3つを書き出す」をした。

 

 

 

すこしずつ社会に適して行けばいい。やりたいことができたら、やっと働く気持ちが湧いてきそうだ。幸せ。

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金玉さんの処世術「部族の掟、守ろう」

朝から、借金玉さん発達障害についての本を読んでいた。

金玉さんは病院公認の発達障害持ちだそう。ですが、会社を起業したり、いろんな場所で周りと衝突していくなかで、発達障害持ちでも社会適合できる術を身に着けたんだそうだ。

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会社の人間関係の乗り切り方として「会社は部族だから、部族のルールは絶対守れ」というアドバイスをしていたんだけど、これはなるほどなあと思った。

要は「郷に入れば郷に従え」ということ(言葉にすると当たり前)なんだけど、発達障害っぽいひとはこれが難しいから苦しんでいたりする。学校のクラスや、会社の部署、友達のグループなどにおいて、どのコミュニティーにもルールがあると思うんだけど、発達障害気質のある人は、そのルールに不満があると、適応するのではなく噛みついてしまい、衝突してしまうのだ。僕もそうだ。

大学の学生寮、サークル、大学の学科、研究室、2年半働いたカフェのアルバイト、半年働いたゲストハウスのアルバイト、、、どこでも気に入らないことがあれば噛みついてきた記憶がある。そして噛みつくほどに、そのコミュニティに居づらくなったりした。僕は発達障害かどうか調べたことはないし、「ただのわがままな社会不適合者だろ」と言われれば、認めるしかない。でも、発達障害気質だと感じている人の中には「所属している居場所のルールが守れなくてつらい」と感じている人が一定数いる、というのが事実だ。

ぼくたちはジョブズではないかもしれない、残念だけどーー

「社会のルール噛みつきすぎてしまったり、周りと馴染めない」、、こういう気質があると、ネットには「あのスティーブジョブズエジソン発達障害だった」「発達障害は天才の証」「天才は少年時代は孤独だった」みたいな情報を自分にあてはめたりする。「ぼくもいまは周りと馴染めないけど、何かの天才なのかも」「噛みつくことは、個性を大事にしているということ。噛みつきたいときはもっと噛みつこう」と結構考えちゃったりした。ぼくのことを知っているひとには耳障りな話かもしれないが、結構こう考えた時期が続いた。

でも、「ぼくは残念だけど、ジョブズじゃないかもよ。郷に入っているうちは、無理しすぎない程度に郷に従っておこうね。どうしてもきつくなったら、居場所を変えようね」と思っていたほうが、社会を敵に回さずに済むかもしれない。コミュニティホッパーにならずに済むかもしれない。

 

✔ストレッチを学んだ

✔続けられるくらいの負荷が何事もちょうどいい

奨学金について親と話せたことでわだかまりが解けた

✔やっと働く気持ちが少しでてきたかもしれない。

✔NZ、アメリカに行ったあとに働こう。

✔やっと、遊び足りていなかったフラストレーションが解けそうだ。

✔ブログが続いている。

✔自分を責めない。気持ちいい。

なにもしなくてよいのだ。

昨日実家に帰ってきて、2日目となった。10月の和歌山はまだまだぽかぽか(というとなんか春っぽいな)というか札幌の夏みたいだ。ちょうどいい。

 

昨日は久しぶりに帰ってきた僕に対して両親が「これからあんたどうするの??」みたいな進路相談会となったが、きょうはいたって落ち着いていた。そうすると僕の気持ちをだいぶ落ち着いて、休めるようになってきた。

 

気持ちが休まると、心の整理が少しずつついてきた。

 

「受験勉強が好き」なだけで北大という“村”に移住した――

 

田舎もしくは実家に住めば家賃がかからない。ストレスが溜まらないから暴飲暴食もない。

実家に帰省して

 

実家に帰省した。10月いっぱいは実家の和歌山県を拠点にする。

 

就職も大学も嫌になっていたぼくは4月に大学を休学。それからゲストハウスでアルバイトすることでなんとか生活していた。働くのは苦手だけど、旅は割と好きだからゲストハウスではたらきはじめた。

だけど、「働きたくない!」という目的で始めた“アルバイトして隠居生活!”も7月にもなると週5ペースでアルバイトしていて、隠居生活の憧れであった大原扁理さんには程遠く、自炊なんて全くせず、外食やコンビニ弁当で食事したり、無駄遣いがかなり増えた。

あまりに食生活が乱れたことに加え、大好きだった趣味であるマラソン大会でも膝を痛めてしまい、運動不足にもなってしまった。すると、なにも目標を立てないままアルバイトだけをする生活が続き、どんどん体がおかしくなってきた。心身ともになんか気持ち悪い、、、、

 

「就職しないで生きてやるぜ!」と親に電話で言い放って半年弱。結局、「アルバイト疲れた。実家の母ちゃんのご飯でも食べて元気を取り戻そう、、」となって、10月はアルバイトをまるまる休んで、実家の和歌山県に帰ってきたのである。はちゃめちゃな甘ったれ様だ。

「でも実家の両親はなんだかんだ俺のこと大好きだし、快く迎えてくれるのだろう」と思いながら実家に帰ってきたのだが、、

 

さすがにそんな甘くはなかった。

大学生活で溜まった借金(奨学金)250万をどう返そうかなんて話、とてもじゃないが言えなかった。両親は共働きだ。父親なんて土方で週6勤務だ。母ちゃんは銀行のパート。

 

 

札幌を離れる

 

7年と半年住んだ北海道を離れるときが近づいてきた。

借りていた寮の一室を引き払う。実家を拠点にする。

実家は和歌山県だ。

 

北大に5年間、その後大学院(修士)を2年間いった。

修士号は取れそうになかった(やる気的にも、能力的にも)。

今年の4月から学校には行かなくなった。

いまは休学している。といっても、もう大学に戻るつもりはないんだけど。

 

実家に帰ることにしたのはすごくだらけた理由で、家賃を払いたくないし、自炊をするのも、めんどくさいからだ。

両親のすねをかじろうと思う。

 

高校3年生のときまでは勉強が好きで、周りの環境とかも相まって

北大に入ることになって、18歳のときから札幌に住み始めた。

 

 

ニュートラルなひとがいる。そして、じぶんもそうでありたい。

いままでいろんなひとに出会いながら生きてきたけど、ニュートラルなひとにはいつも助けられる。そして、「じぶんもそんなにんげんでありたい」と想う。

 

ニュートラルというのは、「ポジティブでも、ネガティブでもない」みたいな、「無理に楽観的なふりをするでもなく、思い込みにとらわれたような悲観主義でもない」みたいな意味だと認識している。つまりは、「ありのまま、あらゆる物事をとらえましょうよ。」というようなニュアンスをもつことばだ。ニュートラルは「リベラル」だったり、「多様性理解」だったりに通ずるところもあったりすると思う。

 

ニュートラルなひとに、生きているとときたま出会えるときがある。大学の学生寮住んでいたときの同期にも1人いたし、スターバックスで働いていたときの気が利く年下のイケメンもそうだった。さいきん働きはじめたゲストハウスの同僚のおんなのこもそうだ。